2: | ブエノスアイレス - 1/3 <アルゼンチン> |
到 着 朝の空を,サンチアゴからアンデス山脈を越え,パンパの上を飛び, ついに,ブエノスアイレスにやってきた! エサイセ国際空港到着は,10月15日午前10時。成田を出てから約31時間であった。 爽やかな初夏のような好い感じである。”Buenos Aires!=良い空気” か。 |
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【ブエノスアイレスの ウォーターフロント】 ドックが並び, BsAsの中心 五月広場から右方面, セントロ地区が広がる この写真は,後日 国内線機内から撮影 |
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空港からリムジンでセントロに入ってくると,ヨーロッパ風の石造りの立派な建物が目立ってくる。 聞いてはいたが,大都会である。 馬に乗った将軍像の建つ,サンマルティン広場前に到着。 バッグを引っ張って150m程,ここでの宿 ホテルElevageに着いた。 ”Hola,seno~rita !, 私の名前はUsazito,日本から予約してあります” ”Si,seno~r, Bienvenido !” と,初めての実用スペイン語会話に成功! ホッ・・・。 時差12時間遅れの地球の反対側,日本から見ればさかさまに ぶら下がってるはずなのに,今のところ頭に血が上る様な事はなく, 逆立する事もなく普通に立っている! 不思議だ! これなら何とかヤッテケソーだ。 |
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フロリダ通り 何はともあれ街へ繰出す。さすがBsAs隋一の繁華街, 高級ファッションから,皮製品,観光客用のお土産店等,あらゆる 店が軒を連ねている。街角には新聞,雑誌,タバコなどを売る キオスコもあちこちにあり,街の風情ともなっている。 地元っ子,ポルテーニョ達は確かにシャレ者が多い。 おおっ,どこからかバンドネオンの響きが聞こえる! タンゴファンUsazito にとっては, 絵に描いたようなブエノスアイレスの情景だ! バイオリンの独奏や,きれいなソプラノを聞かせる女性など, ストリート系も多く,皆見事だ。 さほど広くないが,にぎやかでしゃれた,楽しい通りである。 交差する通りにも,夫々個性あるカフェや映画館などが沢山並び賑わっている。 ここで見る限りでは,今のアルゼンチンの苦しい経済情勢は,伝わってはこない。 |
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”コリエンテス大通り”が交差する。 あの名曲,”淡き光に”で歌われた ”Corientes 348番地”は,この辺だったのかー。 ここは今でも華やかな夜の街の中心らしい。 |
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五月広場 フロリダ通りを進み,いよいよ古い石造りの立派なビルに囲まれてくると 左手奥に,五月広場が見えてくる。五月革命(独立のきっかけ)からの命名とか。 歴史的に,政治的にもアルゼンチン,ブエノスアイレスの中心の場所である。正面に ピンクに塗られた”Casa rosada” 大統領府がある。昔大変人気のあった大統領ペロンと その夫人,エバ ペロンもこのバルコニーから,群衆にあいさつしたのかー。 |
【 Casa rosada 大統領府 】 | 【 五月広場を囲む建物 (右)大聖堂 】 |
カテドラルをのぞくと,スペイン語(当然!)でミサが行われていて,広い堂内は一杯の人。 広場をゆっくり眺めまわり,しばし休憩。 だんだん”ブエノスアイレスに来たんだ”と実感が湧いてくる。 またフロリダ通り周辺を見ながら,ホテル近くまでもどり,日系の旅行社:鈴木旅行社に行く。 番地はすぐに見つかったが,看板もない厚い扉の古い建物の3階の一室,漸く入れた。 アルゼンチン国内の移動とホテル,牧場ツアー等の手配をお願いする。 家族的な小さな会社だが,やはり現地のプロに限る。鈴木社長の娘さんが,手際よく 手配してくれた。 ホテルに戻る。eメールで家族と友人達に無事到着を知らせてから,夕食を食べようと 8時頃,ホテルのレストランに行くと誰も客が居ない! こんなに早く?夕食をとるのは 私だけか? 食べ終わる頃,ようやく他のテーブルが埋まりだした。 |
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到着第1夜目,アルゼンチンに来た!事に満足して,おとなしく寝る。 |